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顔淵第十二 5 司馬牛憂曰章

283(12-05)
司馬牛憂曰、人皆有兄弟。我獨亡。子夏曰、商聞之矣。死生有命、富貴在天。君子敬而無失、與人恭而有禮、四海之内、皆兄弟也。君子何患乎無兄弟也。
司馬しばぎゅううれえていわく、ひとみな兄弟けいていり。われひとし。子夏しかいわく、しょうこれく。せいめいり、ふうてんり。くんけいしてうしなく、ひとまじわるにうやうやしくしてれいらば、かいうちみな兄弟けいていなり。くんなん兄弟けいていきをうれえんや。
現代語訳
  • 司馬牛がふさぎこんで ―― 「みんな兄や弟があるのに、ぼくだけないんだ。」子夏 ―― 「ぼくはきいている、『いのちは運命、さかえは天命』だと。人はつつしみぶかくて落ちどがなく、おとなしくして礼儀を守れば、渡る世間がみなきょうだいだ。人間なにも兄や弟のひけめはいらぬよ。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 司馬しばぎゅうが、「人は皆兄弟仲よくしているのに、私ひとりは兄弟あれどもなきにひとしく、さびしいことじゃ。」とぐちをこぼした。同窓の子夏しかが慰めて言うよう、「私は先生から『死生命あり富貴天にり』とうかがったことがある。君の兄弟運のわるいのも、これまた天命で致し方ないではないか。君子たる者人をうやまって長続きがし、丁寧ていねい懇切こんせつで礼儀があれば、『よものうみみなはらから』じゃ。君子たる者、兄弟なしとなげくに及ぼうや。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 司馬牛が沈んだ顔をして子夏にいった。――
    「誰にも兄弟があるのに、私だけにはない」
    すると、子夏が慰めていった。――
    「死生や富貴は天命だときいているが、兄弟に縁のうすいのも、やはり天命だろう。おたがいに道に志して、心につつしみを持ちつづけ、礼をもって社会生活の調和を保っていくならば、四海のいたるところに兄弟は見出せるではないか。道に志す者がなんで肉親の兄弟に縁のうすいのをくよくよ思う必要があろう」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 司馬牛 … 生没年不詳。孔子の弟子。姓は司馬。名はこうまたはあざなぎゅう。宋の人。おしゃべりで騒がしい人物であったという。かつて孔子を殺そうとした桓魋かんたい述而第七22)の弟。ウィキペディア【司马耕】(中文)参照。
  • 憂曰 … 兄の桓魋かんたいのことで悩んでいた。
  • 我独亡 … わたくしには兄弟がないのも同然だ。「亡」は「無」に同じ。
  • 子夏 … 前507?~前420?。姓はぼく、名は商、あざなは子夏。衛の人。孔子より四十四歳年少。孔門十哲のひとり。「文学には子游・子夏」といわれ、子游とともに文章・学問に優れていた。ウィキペディア【子夏】参照。
  • 商聞之矣 … 「商」は、子夏の名。「之」は、次の「死生有命。富貴在天」を指す。「」は、文末・句末におかれて、訓読しない。
  • 死生有命。富貴在天 … 死ぬも生きるも、富むも貴きも、すべて天命によるもので、人力ではどうにもならない(君の兄が悪人であっても、どうにもならないことだ)。
  • 敬而無失 … 言行を慎んで過失のないようにする。
  • 与人 … 人と交わるにあたって。「与」は、「~と」と読んでもよい。
  • 恭 … ていねいで慎み深いさま。
  • 有礼 … 礼儀正しくする。
  • 四海之内 … 四方の海に囲まれた所。世界中。
  • 皆兄弟也 … みな兄弟のようなものである。
  • 何患乎無兄弟也 … どうして兄弟のないことを心配し、気にかける必要があろうか(心配することはない)。「何~也」は、「なんぞ~や」と読み、「どうして~することがあろうか(いや~することはない)。」と訳す。反語の形。「患」は、心配する。「乎」は、置字。訓読しない。
補説
  • 『注疏』に「此の章は人は当に命に任せて賢を友とすべきを言うなり」(此章言人當任命友賢也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 司馬牛 … 『孔子家語』七十二弟子解に「司馬耕は宋人そうひと、字は子牛。牛、性たる躁、言語をくす。兄桓魋の行い悪しきを見て、牛常に之を憂う」(司馬耕宋人、字子牛。牛爲性躁、好言語。見兄桓魋行惡、牛常憂之)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「司馬耕、字は子牛。牛、多言にして躁なり」(司馬耕字子牛。牛多言而躁)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 司馬牛憂曰 … 『義疏』に「其の兄の桓魋罪有るが為に、故に己恒に憂うるなり。所以に孔子前に答えて君子は憂えずと云うなり」(爲其兄桓魋有罪、故己恒憂也。所以孔子前答云君子不憂也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 人皆有兄弟。我獨亡 … 『集解』に引く鄭玄の注に「牛の兄の桓魋は悪を行い、死亡すること日無し。我為に兄弟無きなり」(牛兄桓魋行惡、死亡無日。我爲無兄弟也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「此れ憂うる所の事なり。亡は、無なり。牛の兄悪を行う。必ず残滅せらるるを致さん。あしたならざれば則ちゆうべならん。即ち今暫く在りと雖も、無きと何ぞ異ならん。故に我独り亡しと云うなり」(此所憂之事也。亡、無也。牛兄行惡。必致殘滅。不旦則夕。即今雖暫在、與無何異。故云我獨亡也)とある。また『注疏』に「亡は、無なり。牛の兄の桓魋悪を行えば、死亡すること日無からん。故に牛は常に憂いて人に告げて曰く、他人には皆兄弟有り。若し桓魋の死亡するの後には、我独り兄弟無しと為るなり、と」(亡、無也。牛兄桓魋行惡、死亡無日。故牛常憂而告人曰、他人皆有兄弟。若桓魋死亡之後、我爲獨無兄弟也)とある。また『集注』に「牛に兄弟有れども、しか云うは、其の乱を為して将に死せんとするを憂えてなり」(牛有兄弟、而云然者、憂其爲亂而將死也)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 子夏 … 『孔子家語』七十二弟子解に「卜商は衛人えいひとあざなは子夏。孔子よりわかきこと四十四歳。詩を習い、能く其の義に通ず。文学を以て名を著す。人と為り性弘からず。好みて精微を論ず。じん以て之にくわうる無し。嘗て衛に返り、史志を読る者を見る。云う、晋の師、秦を伐つ。さん河を渡る、と。子夏曰く、非なり。がいのみ。史志を読む者、これを晋の史に問う。果たして己亥と曰う。是に於いて衛、子夏を以て聖と為す。孔子しゅっして後、西河のほとりに教う。魏の文侯、之に師事して国政をはかる」(卜商衞人、字子夏。少孔子四十四歳。習於詩、能通其義。以文學著名。爲人性不弘。好論精微。時人無以尚之。嘗返衞見讀史志者。云、晉師伐秦。三豕渡河。子夏曰、非也。己亥耳。讀史志者、問諸晉史。果曰己亥。於是衞以子夏爲聖。孔子卒後、教於西河之上。魏文侯師事之、而諮國政焉)とある。ウィキソース「家語 (四庫全書本)/卷09」参照。また『史記』仲尼弟子列伝に「卜商あざなは子夏。孔子よりわかきこと四十四歳」(卜商字子夏。少孔子四十四歳)とある。ウィキソース「史記/卷067」参照。
  • 子夏曰、商聞之矣 … 『義疏』に「商は、子夏の名なり。牛の言を聞く。故に自ら名を称して牛の為に之を解くなり。敢えて言わずして己を出だす。故に云う、之を聞く、と」(商、子夏名也。聞牛之言。故自稱名而爲牛解之也。不敢言出己。故云、聞之)とある。また『注疏』に「子夏牛の兄弟無きを憂うるを見、此の言を以て之を解くなり。商は、子夏の名なり。謙するが故に商之を聞けりと云い、妄謬に非ざることを示すなり」(子夏見牛憂無兄弟、以此言解之也。商、子夏名。謙故云商聞之矣、示非妄謬也)とある。また『集注』に「蓋し之を夫子に聞く」(蓋聞之夫子)とある。
  • 死生有命、富貴在天 … 『義疏』に「此れは是れ我聞く所、須らく憂うべからざるの事を説くと為すなり。言うこころは死生・富貴は皆天の得る所を稟く。応に至るべきも逆憂す可からず。亦た至らざるも逆求す可からず。故に云う、命有り、天に在り、と。然れどもともに是れ天命なり。而して死生に命と云い、富貴に天と云う者は、亦た之を互いにして逃る可からざればなり。死生は事に於いて切たり。故に命と云う。富貴は死生なる者に比すれば泰たり。故に天と云う。天命に比すれば則ち天は緩たるなり。繆播云う、死生とは、稟くる所の性分、富貴とは、遇う所の通塞なり。人能く命のままに之を養うは福を以てす、稟くる所をして分を易えしむること能わず。分易う可からざるは、命なり。能く道を修めて以てあたいを待つ、時に遭うて必ずゆたかなること能わず、泰なること必ずとす可からざるは、天なり。天のことたること自然の勢運、人の貴賤を主と為さざるなり、と」(此是我所聞、爲説不須憂之事也。言死生富貴皆稟天所得。應至不可逆憂。亦不至不可逆求。故云、有命在天也。然同是天命。而死生云命、富貴云天者、亦互之不可逃也。死生於事爲切。故云命。富貴比死生者爲泰。故云天。天比命則天爲緩也。繆播云、死生者、所稟之性分、富貴者、所遇之通塞。人能命養之以福、不能令所稟易分。分不可易、命也。能修道以待賈、不能遭時必泰、泰不可必、天也。天之爲言自然之勢運、不爲主人之貴賤也)とある。また『注疏』に「言うこころは人の死生の短長は、則ち稟くる所の命有り。財の富み位の貴きは、則ち天のあたうる所に在う」(言人死生短長、則有所稟之命。財富位貴、則在天之所予)とある。また『集注』に「命は有生の初めに稟く。今能く移す所に非ず。天は之を為すこと莫くして為す。我の能く必する所に非ず。但だ当に順い受くべきのみ」(命禀於有生之初。非今所能移。天莫之爲而爲。非我所能必。但當順受而已)とある。
  • 君子敬而無失 … 『義疏』に「死生・富貴は既に理不易なり。故に当に之を天命に委ぬべし。此の処憂い無し。而るに此の句以下、自ら人事は易かる可く理を修むと為すなり。敬して失うこと無しは、是れ広く衆を愛するなり。君子は自ら己の身を敬すれば、則ち物と失う者無きなり」(死生富貴既理不易。故當委之天命。此處無憂。而此句以下、自可人事易爲脩理也。敬而無失、是廣愛衆也。君子自敬己身、則與物無失者也)とある。
  • 与人恭而有礼 … 『義疏』に「此れ恭しくして仁に親しむを謂うなり。人は、猶お仁のごときなり。若し彼仁有る者ならば、当に恭しくして之に礼すべきなり」(此謂恭而親仁也。人、猶仁也。若彼有仁者、當恭而禮之也)とある。
  • 四海之内、皆兄弟也 … 『義疏』に「悪を疎んずる者は失無く、善者は恭礼なり。故に四海九州、皆親しむ可く、礼すること兄弟の如きなり」(疎惡者無失、善者恭禮。故四海九州皆可親禮如兄弟也)とある。
  • 皆兄弟也 … 『義疏』では「皆為兄弟也」に作る。
  • 君子何患乎無兄弟也 … 『集解』に引く包咸の注に「君子は悪をうとんじて賢を友とすれば、九州の人は皆礼を以て之に親しむ可し」(君子疎惡而友賢、九州之人皆可以禮親之)とある。また『義疏』に「既に遠近親しむ可し。故に須らく兄弟無きを憂患すべからざるなり」(既遠近可親。故不須憂患於無兄弟也)とある。また『注疏』に「君子は但だ当に敬慎して過失無く、人と交わりを結び、恭謹して礼をたもち、此の悪をうとんじて賢を友とするを能くすべくんば、則ち東夷・西戎・南蛮・北狄、四海の内の九州の人は、皆礼を以て之に親しみて兄弟と為る可きなり。君子は何ぞ須らく兄弟無きを憂患すべけんや」(君子但當敬愼而無過失、與人結交、恭謹而有禮、能此疏惡而友賢、則東夷西戎南蠻北狄、四海之内九州之人、皆可以禮親之爲兄弟也。君子何須憂患於無兄弟也)とある。また『集注』に「既に命に安んじ、又た当に其の己に在る者を修むべし。故に又た言う、苟くも能く己を持するに敬を以てして間断せず、人に接するに恭を以てして節文有れば、則ち天下の人、皆之を愛敬すること兄弟の如し、と。蓋し子夏以て牛の憂いをゆるやかにせんと欲す。故に是のむことを得ざるの辞を為す。読者辞を以て意を害せざれば可なり」(既安於命、又當脩其在己者。故又言、苟能持己以敬而不間斷、接人以恭而有節文、則天下之人、皆愛敬之如兄弟矣。蓋子夏欲以寛牛之憂。故爲是不得已之辭。讀者不以辭害意可也)とある。
  • 『集注』に引く胡寅の注に「子夏の四海皆兄弟の言、だ以て司馬牛の意を広むるのみ。意円かにして語滞る者なり。唯だ聖人なれば則ち此の病無し。且つ子夏此を知れども、子を哭するを以て明をうしなえば、則ち以て愛に蔽われて理にくらし。ここを以て其の言を践むこと能わざるのみ」(子夏四海皆兄弟之言、特以廣司馬牛之意。意圓而語滯者也。唯聖人則無此病矣。且子夏知此、而以哭子喪明、則以蔽於愛而昧於理。是以不能踐其言爾)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「按ずるに左氏伝に、宋に司馬牛有り、杜預以為おもえらく、桓魋の弟と。今、此の章に拠るに、牛実に兄弟無きこと明らかなり。左伝の称する所は、別に是れ一人なり。家語に謂う、孔門の司馬牛は即ち是れなりと。蓋し左氏に依りて誤るなり。……天命は順受せずんばある可からず。人事は自ら尽くさずんばある可からず。故に命を知る者は、自ら其の己に在る者を尽くして、一毫期望の心有ること無く、又た一毫怨悔の意有ること無し。子夏の言の若きは、天に達し命を知ると謂う可し」(按左氏傳、宋有司馬牛、杜預以爲、桓魋之弟。今據此章、牛實無兄弟明矣。左傳所稱、別是一人也。家語謂、孔門司馬牛即是也。蓋依左氏而誤也。……天命不可不順受。人事不可不自盡。故知命者、自盡其在己者、而無有一毫期望之心、又無有一毫怨悔之意。若子夏之言、可謂達天知命矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「仁斎乃ち曰く、司馬牛実に兄弟無し、と。是れ其の人詩を学ばず、故に言語の道を知らざるなり。兄弟有りて無しと曰う、言語の道しかりと為す。且つ子夏曰く、死生命有り、富貴天に在り、と。若し牛をして実に兄弟無からめば、の言何の関渉する所ぞや。且つ憂とは未だ然らざるを憂うるなり。甚だしいかな仁斎の字を識らざるや。死生命有りは、其の辞す可からざるを言うなり。富貴天に在りは、其の求む可からざるを言うなり。朱子曰く、命は生有るの初めにく、と。なずめり。……敬して失無しは、過失無きなり。朱子間断せずというを以て失無しを解し、節文有りというを以て礼有りを解す。是れ自ずから其の家学にして、従う可からず」(仁齋乃曰、司馬牛實無兄弟。是其人不學詩、故不知言語之道也。有兄弟而曰無、言語之道爲爾。且子夏曰、死生有命、富貴在天。若俾牛實無兄弟、是言何所關渉也。且憂者憂未然也。甚哉仁齋之不識字也。死生有命、言其不可辭也。富貴在天、言其不可求也。朱子曰、命禀於有生之初。泥矣。……敬而無失、無過失也。朱子以不間斷解無失、以有節文解有禮。是自其家學、不可從矣)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
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