>   論語   >   郷党第十   >   3

郷党第十 3 君召使擯章

238(10-03)
君召使擯、色勃如也。足躩如也。揖所與立、左右手。衣前後、襜如也。趨進、翼如也。賓退、必復命曰、賓不顧矣。
きみしてひんせしむれば、いろ勃如ぼつじょたり。あし躩如かくじょたり。ともところゆうすれば、ゆうにす。ころもぜん襜如せんじょたり。はしすすむに、翼如よくじょたり。ひん退しりぞくや、かなら復命ふくめいしていわく、ひんかえりみずと。
現代語訳
  • 召されて接待役になると、顔つきがあらたまり、足どりも重重しい。ならんだ人とあいさつするのに、手を横にうごかすが、着物のまえうしろは、キチッとしている。いそぎ足には、羽をひろげたよう。客が帰ると、かならず報告にきて ―― 「お客はあのまま帰られました。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 君のおめしひんや外国使節などの接待を命ぜられると、これは大事のご用とばかり顔色を変え、足も進み得ぬようなつつしんだ様子をなさる。同役としてならび立つ接待掛にあいさつするため、左を向き右を向いて、こまねいた手を上げ下げされるが、その場合に衣の前後がキチンとして乱れない。賓客のご案内をしてばしりに進むとき、ひじを張るので、りょうそでつばさのようにひろがる。賓客が退出するのを送って出た後、必ずぜんへ出て、「お客様はご満足で後ろを見かえらずにお帰りになりました。」と復命する。(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 君公に召されて国賓の接待を仰せつけられると、顔色が変るほど緊張され、足がすくむほど慎まれる。そして同役の人々にあいさつされるため、左右を向いてこまねいた手を上下されるが、その場合、衣の裾の前後がきちんと合っていて、寸分もみだれることがない。国賓の先導をなされる時には、小走りにお進みになり、両袖を鳥の翼のようにお張りになる。そして国賓退出の後には、必ず君公に復命していわれる。――
    「国賓はご満足のご様子でお帰りになりました」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 君 … 国君。
  • 擯 … 国賓の接待の役を任命される。
  • 勃如 … ぱっと緊張した顔色になる。「如」は、「~という様子」の意。
  • 躩如 … 小刻みにうやうやしく歩くさま。
  • 所与立 … 並んで立っている同役の人々。
  • 揖 … 両手を胸の前で組み合わせて、少し上にあげる挨拶。
  • 左右手 … 組み合わされた手をまず左に向け、次に右に向け、同役の人々に挨拶する。
  • 襜如 … 着物の前後が整然と揺れ動くさま。
  • 趨進 … 謹んで小刻みに進み出る。
  • 翼如 … 両肘を張った様子が、鳥の翼のように見えるさま。
  • 復命 … 命令を受けた仕事の結果を報告すること。
  • 賓不顧 … 通常の解釈では「お客様は満足してふり返らずお帰りになりました」となる。これに対し、宮崎市定は「賓不顧を、普通には、客が滿足したので顧みずに去った、のだと解釋するが、これはおかしい。賓客は立去る時に見送りの主人側に對し、時々振りかえって挨拶するのが禮儀であり、また賓客が遠去かって最後の挨拶をするまで見送るのが、主人側の禮儀なのである」といい、「……客が歸ったあと、必ず復命して、後を振りかえられなくなるまでお見送りしました、と言った」と訳している(『論語の新研究』260頁)。
補説
  • 『注疏』に「此の一節は君孔子を召して、擯たらしむるの礼を言うなり」(此一節言君召孔子、使爲擯之禮也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 君召使擯 … 『集解』に引く鄭玄の注に「君召して擯せしむるとは、賓客有りて之を迎えしむるなり」(君召使擯者、有賓客使迎之也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「擯とは、君の為に賓に接するなり。賓の君に来たる有りて、己を召して迎え之に接せしむるを謂うなり」(擯者、爲君接賓也。謂有賓來君、召己迎接之也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「擯は、主国の君の出でて賓に接せしむる所の者を謂うなり」(擯、謂主國之君所使出接賓者也)とある。また『集注』に「擯は、主国の君の、出でて賓に接しむる所の者」(擯、主國之君所使出接賓者)とある。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 色勃如也 … 『集解』に引く孔安国の注に「必ず色を変ずるなり」(必變色也)とある。また『義疏』に「既に召して己擯に接せしむ。故に己に宜しく色を変じ敬を起こすべし。故に勃然如たるなり」(既召己接擯。故己宜變色起敬。故勃然如也)とある。また『注疏』に「勃然として色を変うるなり」(勃然變色也)とある。また『集注』に「勃は、色を変ずるの貌」(勃、變色貌)とある。
  • 足躩如也 … 『集解』に引く包咸の注に「盤辟ばんぺきの貌なり」(盤辟之貌也)とある。盤辟は、恭しく進退すること。なお、底本は「躩如盤辟貌之也」に作るが、諸本に従い改めた。また『義疏』に「躩は、盤辟の貌なり。既に召さるるも、敢えて自ら容れず。故に速やかに行きて足盤辟たるなり。故に江熙曰く、閑歩するにいとまあらず。躩は、速き貌なり、と」(躩、盤辟貌也。旣被召、不敢自容。故速行而足盤辟也。故江熙曰、不暇閑歩。躩、速貌也)とある。また『注疏』に「足躩は、盤辟の貌なり。既に君命を伝えて以て賓に接す、故に必ず色を変えて粛敬を加うるなり。足の容は盤辟、躩然として敢えて懈慢せざるなり」(足躩、盤辟貌。既傳君命以接賓、故必變色而加肅敬也。足容盤辟、躩然不敢懈慢也)とある。また『集注』に「躩は、盤辟の貌。皆君命を敬する故なり」(躩、盤辟貌。皆敬君命故也)とある。
  • 揖所与立、左右手。衣前後、襜如也 … 『義疏』に「此れ君出でて賓を迎うるときに、己君のと為して、擯に列する時を謂うなり。賓の副を命介と曰い、主人の副を擯副と曰う。しばらく敵国を作して言わん、若し公ならば、公にいたるの法あり。賓は主人の大門の外の西辺に至りて北を向く。門を去ること九十歩にして車より下る。おもて北に向かいて倚る。賓は則ち九副、賓の北に在りて東に向かいて、邐迤りいとして西にして北四十五歩の中に在り。主人は門の東辺に出でて、南に向かいて倚る。主人は是れ公は則ち五擯、主人は是れ侯伯は則ち四擯、主人は是れ子男は則ち三擯、命数に随わず。主人は謙す、故に並びに強半数を用うるなり。公は擯を陳すること、公の南に在りて西に向かいて、邐迤りいとして東にして南す、亦た四十五歩の中に在り。主人の下擯をして賓の下介と相対せしめて、中間相去ること三丈六尺なり。賓主の介擯を列すること既に竟えて、主人上擯に語りて、賓に就いて辞を請けて、来る所以の意を問わしむ。是に於いて上擯相伝えて、以て下擯に至る。下擯前に進みて、賓の下介を揖して、語を伝えて之に問う。下介問いを伝えて、上げて次いでを以て賓に至す。賓語に答えて、上介をして伝えて次いでを以て下して下介に至らしむ。下介亦た進みて下擯を揖す、下擯伝えて上げて以て主人に至らしむ。凡そ相伝うること、列位に在りと雖も、当に言語を授け受くるの時なるべし。皆半ば身を転ず。手を戻して相揖し、既に並び立ちて相揖す。故に曰く、ともに立つ所に揖す、と。若し左の人に揖するときんば、則ち其の手を移して左を向く。若し右の人に揖するときんば、則ち其の手を移して右に向く。故に云う、其の手を左にし右にするなり、と。既に半ば身を迴らして、左右に手を迴らす。当に身上に著くるの所の衣をして、必ず襜襜如として容儀有らしむべきなり。故に江熙云う、両手を揖すれば、衣裳襜如として動くなり、と」(此謂君出迎賓、己爲君副、列擯時也。賓副曰命介、主人副曰擯副。且作敵國而言、若公詣公法也。賓至主人大門外西邊而向北。去門九十歩而下車。面向北而倚。賓則九副、在賓北而東向、邐迤而西北在四十五歩之中。主人出門東邊、南向而倚。主人是公則五擯、主人是侯伯則四擯、主人是子男則三擯、不隨命數。主人謙、故竝用強半數也。公陳擯、在公之南而西向、邐迤而東南、亦在四十五歩中。使主人下擯與賓下介相對、而中間相去三丈六尺。列賓主介擯既竟、主人語上擯、使就賓請辭、問所以來之意。於是上擯相傳、以至於下擯。下擯進前、揖賓之下介、而傳語問之。下介傳問、而以次上至賓。賓答語、使上介傳以次而下至下介。下介亦進揖下擯、下擯傳而上以至主人。凡相傳、雖在列位、當授受言語之時。皆半轉身。戻手相揖、既竝立而相揖。故曰、揖所與立也。若揖左人、則移其手向左。若揖右人、則移其手向右。故云、左右其手也。既半迴身、左右迴手。當使身上所著之衣、必襜襜如有容儀也。故江熙云、揖兩手、衣裳襜如動也)とある。また『注疏』に「擯に交わり命を伝うる時、左人に揖するには、其の手を左にす。右人に揖するには、其の手を右にす。一たびせ一たびあうぎ、衣の前後襜如たるを謂うなり」(謂交擯傳命時、揖左人、左其手。揖右人、右其手。一俛一仰、衣前後襜如也)とある。また『集注』に「与に立つ所は、同じく擯たる者を謂なり。擯は、命数の半を用う。上公九命の如きは、則ち五人を用い、次を以て命を伝う。左の人に揖すれば、則ち其の手を左にし、右の人を揖すれば、則ち其の手を右にす。襜は、整うの貌」(所與立、謂同爲擯者也。擯、用命數之半。如上公九命、則用五人、以次傳命。揖左人、則左其手、揖右人、則右其手。襜、整貌)とある。
  • 左右手 … 『義疏』では「左右其手」に作る。
  • 趨進、翼如也 … 『集解』に引く孔安国の注に「端好なるを言うなり」(言端好也)とある。また『義疏』に「擯、賓を迎え進みて庭に在りて行く時を謂うなり。翼如は、端正を謂うなり。おもむろに趨りて、衣裳の端正なること、鳥のばんと欲して翼をぶるの時の如きなり」(謂擯迎賓進在庭行時也。翼如、謂端正也。徐趨、衣裳端正、如鳥欲翔舒翼時也)とある。また『注疏』に「く趨りて進み、ひろこまねくの端好なること、鳥の翼を張るが如きを謂うなり」(謂疾趨而進、張拱端好、如鳥之張翼也)とある。また『集注』に「はしりて進むなり。拱を張りて端好なること、鳥の翼をぶるが如くす」(疾趨而進。張拱端好、如鳥舒翼)とある。
  • 賓退、必復命曰、賓不顧矣 … 『集解』に引く孔安国の注に「復命して君にもうすらく、賓已に去れり、と」(復命白君、賓已去也)とある。また『義疏』に「君己をして賓を送らしむる時を謂うなり。復命は、反命なり。反命は、初めて君命を受け、以て賓を送り、賓退くを謂う。故に君の命に反還す。以て君に白すに賓已に去ると道う。顧みずと云うは、旧に云う、主人若し礼賓を送るに未だ足らざれば、則ち賓猶お廻顧す。若し礼送るに足らば、則ち賓直に去りて、復た廻顧せず。此れ明らかなれば、則ち賓を送るの礼足る。故に云う、顧みず、と」(謂君使己送賓時也。復命、反命也。反命、謂初受君命、以送賓、賓退。故反還君命。以白君道賓已去。云不顧者、舊云、主人若禮送賓未足、則賓猶迴顧。若禮足送、則賓直去、不復迥顧。此明、則送賓禮足。故云、不顧也)とある。また『注疏』に「賓礼の畢わるを謂う、上擯は賓の出づるを送り、反りて君に告げ白す、賓は已に去りて、反顧せざるなり」(謂賓禮畢、上擯送賓出、反告白君、賓已去矣、不反顧也)とある。また『集注』に「君の敬をぶるなり。此の一節は、孔子の君の為に擯相するの容を記す」(紓君敬也。此一節、記孔子爲君擯相之容)とある。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「右は孔子君に侍し、及び君の為に擯相するの容を記す。皆礼文の至末なる者、聖人の動容周旋、礼にあたらざること無きは、此に於いて知る可し」(右記孔子侍君、及爲君擯相之容。皆禮文之至末者、聖人動容周旋、無不中禮、於此可知矣)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「故に今の学者はだ新註を読み、此れ等の章に至っては、茫然として其の言う所の意を識らず。……賓顧みずとは、是れ聘礼の文なり。……鄭註に曰く、公既に拝し、客はしりてく、君上擯に命じ賓を送りて出でしむ。反って賓顧みずと告ぐ。ここに於いて君以てしんに反る可し、と。朱註に曰く、君の敬をゆるうす、と。礼を知らずと謂う可きのみ。学者三礼を熟して而うして後論語得て言う可し。然らざれば、其のおくに任せて自恣せざる者いくばくもし」(故今學者徒讀新註、至此等章、茫然不識其所言之意矣。……賓不顧矣、是聘禮之文也。……鄭註曰、公旣拜、客趨辟、君命上擯送賓出。反告賓不顧矣。於此君可以反路寢矣。朱註曰、紓君敬也。可謂不知禮已。學者熟三禮而後論語可得而言焉。不然、其不任臆自恣者幾希矣)とある。路寝は、正殿。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十