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子罕第九 15 子曰出則事公卿章

220(09-15)
子曰、出則事公卿、入則事父兄。喪事不敢不勉。不爲酒困。何有於我哉。
いわく、でてはすなわ公卿こうけいつかえ、りてはすなわけいつかう。そうえてつとめずんばあらず。さけみだれをさず。われいてなにらんや。
現代語訳
  • 先生 ――「そとでは目上につかえ、家では年上につかえる。とむらいごとはゾンザイにしない。酒に飲まれることもない。わしにはなにも取りえはないが…。」(がえり善雄『論語新訳』)
  • 孔子様がおっしゃるよう、「朝廷に出ては上官に服従し、家庭に入っては父母兄姉に奉仕し、そうふくにはできるだけをつくさぬということなく、酒は飲むが乱酔らんすいするまでに至らぬ。まずそのくらいのところで、ほかには何のとりえもないわしじゃ。」(穂積重遠しげとお『新訳論語』)
  • 先師がいわれた。――
    「出でては国君上長に仕える。家庭にあっては父母兄姉に仕える。死者に対する礼は誠意のかぎりをつくして行なう。酒は飲んでもみだれない。私にできることは、まずこのくらいなことであろうか」(下村湖人『現代訳論語』)
語釈
  • 出 … 宮廷に出仕すること。
  • 公卿 … 三公と九卿の官。高位高官。身分の高い上司。
  • 入 … 家庭に帰ること。
  • 父兄 … 父や兄。
  • 事 … 仕える。
  • 喪事 … 葬式。
  • 不敢不~ … 「あえて~ずんばあらず」と読み、「~ないわけにいかない」と訳す。二重否定。
  • 困 … (酒を飲んでの)乱れ。「郷党第十8」に「唯だ酒は量無し、乱に及ばず」とある。
  • 何有於我 … これ以外何が私にあろうか、何もない。「何有」は「なんぞ~あらん」「いずれか~あらん」とも読む。この語は「述而第七2」にも見える。
補説
  • 『注疏』に「此の章は孔子忠順・孝悌・哀喪・慎酒の事を言うを記するなり」(此章記孔子言忠順孝悌哀喪愼酒之事也)とある。『論語注疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 出則事公卿 … 『義疏』に「公は、君なり。卿は、長なり。人の子の礼、父に事えて孝、以て君に事うるに移さば、則ち忠。兄悌に事え、以て長に事うるに移さば、則ち従なり。故に朝廷に出仕しては、必ず公卿に事うるなり」(公、君也。卿、長也。人子之禮移事父孝以事於君、則忠。移事兄悌以事於長、則從也。故出仕朝廷必事公卿也)とある。『論語義疏』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『注疏』に「言うこころは朝廷に出仕しては、則ち其の忠順を尽くして以て公卿に事うるなり」(言出仕朝廷、則盡其忠順以事公卿也)とある。
  • 入則事父兄 … 『義疏』に「孝以て父に事え、悌以て兄に事う。還りて閨門に入りては、宜しく其の礼を尽くすべきなり。先ず朝廷を言い、後に閨門を云えるは、己をつとめて仕うる者なり。猶お仕えて優なれば則ち学ばんのごときなり」(孝以事父、悌以事兄。還入閨門、宜盡其禮也。先言朝廷、後云閨門者、勖己仕者也。猶仕而優則學也)とある。また『注疏』に「入りて私門に居りては、則ち其の孝悌を尽くして以て父兄に事うるなり」(入居私門、則盡其孝悌以事父兄也)とある。
  • 喪事不敢不勉 … 『義疏』に「勉は、強なり。父兄は天性、続これより大なるは莫し。公卿義合す。厚きことこれより重きは莫し。若し喪事有れば、則ち敢えて勉強せずんばあらざるなり」(勉、強也。父兄天性、續莫大焉。公卿義合。厚莫重焉。若有喪事、則不敢不勉強也)とある。また『注疏』に「若し喪事有らば、則ち敢えて力を勉めて以て礼に従わずんばあらざるなり」(若有喪事、則不敢不勉力以從禮也)とある。
  • 不為酒困 … 『集解』に引く馬融の注に「困は、乱なり」(困、亂也)とある。『論語集解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。また『義疏』に「唯だ酒のみ量無く乱に及ばずと雖も、時に多くちんす。故に之を戒むるなり。衛瓘曰く、三事は酒の為に興るなり、と。侃按ずるに、衛の意の如きは、言うこころは朝廷・閨門及び喪有る者は、並びに酒の為にみだるる所とならず、故に云う、三事は酒の為に興るなり、と」(雖唯酒無量不及亂、時多沈酗。故戒之也。衞瓘曰、三事爲酒興也。侃按、如衞意、言朝廷閨門及有喪者、竝不爲酒所困、故云、三事爲酒興也)とある。沈酗は、酒におぼれること。また『注疏』に「困は、乱なり。……未だ嘗て酒の為に其の性を乱さざるなり」(困、亂也。……未嘗為酒亂其性也)とある。
  • 何有於我哉 … 『義疏』に「言うこころは我何ぞ能く比の三事を行わんや。故に云う、何ぞ我に有らんや、と。又た一に云う、人若し能く此くの如くんば、則ち何ぞ復た我にたんや。故に云う、何か我に有らんや、と。人に縁りて能わず。故に我有りて世に応ずるのみ」(言我何能行比三事。故云、何有於我哉。又一云、人若能如此、則何復須我。故云、何有於我哉也。緣人不能。故有我應世耳)とある。また『注疏』に「他人には是の行い無し。於我は、我独り之れ有り。故に曰く、我に於いて何か有らんや、と」(他人無是行。於我、我獨有之。故曰、何有於我哉)とある。また『集注』に「説は第七篇に見ゆ。然れども此れは則ち其の事愈〻卑くして、意愈〻切なり」(說見第七篇。然此則其事愈卑、而意愈切矣)とある。第七篇は「述而第七2」を指す。『論語集注』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 伊藤仁斎『論語古義』に「其の智愈〻大なれば、則ち自ら処ること愈〻ひくくして、其の言愈〻謙なり。実に道の窮まり無きを知ればなり。是に於いて益〻夫子の大たる所以を見るなり」(其智愈大、則自處愈卑、而其言愈謙。實知道之無竆也。於是益見夫子之所以爲大也)とある。『論語古義』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 荻生徂徠『論語徴』に「此の章の如きは、孔子礼を賛して、人に礼を学ぶことを勧むるの言なり。……献酬の礼、終日百拝し、自然に酒に困せられざるは、皆我が力をるること無し、礼の力なり。故に曰く、何ぞ我に有らんや、と」(如此章、孔子贊禮、勸人學禮之言也。……獻酬之禮、終日百拜、自然不爲酒困、皆無容我力、禮之力也。故曰、何有於我哉)とある。『論語徴』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
学而第一 為政第二
八佾第三 里仁第四
公冶長第五 雍也第六
述而第七 泰伯第八
子罕第九 郷党第十
先進第十一 顔淵第十二
子路第十三 憲問第十四
衛霊公第十五 季氏第十六
陽貨第十七 微子第十八
子張第十九 堯曰第二十