論語 為政第二 10
02-10 子曰。視其所以。觀其所由。察其所安。人焉廋哉。人焉廋哉。
子曰く、其の以てする所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ廋さんや、人焉んぞ廋さんや。
- 視 … 注意してよく観察する。
- 以 … 古注では「以は用なり」とあり、「以うる」と訓読できる。新注では「以は為なり」とあり、「以す」と訓読できる。
- 観 … 広く詳らかに観察する。
- 由 … 古注では「由は経なり」とあり、「これまでの経歴」と解釈している。新注では「由は従なり」とあり、「行為の原因・動機」と解釈している。
- 察 … 心の中までより詳らかに観察する。
- 安 … 新注では「安は楽しむ所なり」と解釈している。
- 焉~哉 … 「いずくんぞ~や」と読み、「どうして~であろうか(いや~でない)」と訳す。反語形。「安~哉」と同じ。
- 廋 … 古注・新注ともに「廋は匿なり」とある。かくす。
- 人焉廋哉、人焉廋哉 … 漢石経では「人焉廋哉、人焉廋」に作り、句末の「哉」字なし。このあたりの消息については、武内義雄『論語之研究』(岩波書店、1937年)「漢石經論語殘字攷」297~298頁参照。
- 下村湖人(1884~1955)は「先師がいわれた。人間のねうちというものは、その人が何をするのか、何のためにそれをするのか、そしてどのへんにその人の気持の落ちつきどころがあるのか、そういうことを観察してみると、よくわかるものだ。人間は自分をごまかそうとしてもごまかせるものではない。決してごまかせるものではない」と訳している(現代訳論語)。